ダイキリについて語る。  高田裕之(マスター)  2008-10-22 22:45:00  No.425

地球で最もメジャーなラムベースのカクテル、ダイキリについて語る。

100年ほど前、米西戦争終結後、キューバはアメリカによってスペインから解放された。
本当の意味での解放であったかは別として、キューバリバーが作られたりして、キューバ万歳!
そういう時代。
キューバは砂糖キビだけじゃなく、ニッケルやクロムなどの地下資源の豊富さでも有名な国である。
当時、キューバの南部にあるサンチャゴ(チリのサンチャゴではない。)郊外のダイキリ鉱山は
生産増強のためにたくさんのアメリカ人技師がチームを組んでやって来た。
ところがアメリカとは違い、キューバはやたらと気温が高くクーラーなんてないし、
管理職的な立場の彼らであっても仕事はきつい。娯楽も少ない。
彼らは仕事が終わって飲む酒に唯一の喜びを感じていた。

キューバといえば砂糖キビ。だからラムと砂糖。柑橘類はライム。
アメリカ人技師たちは自然とそれらを混ぜ合わせ、オリジナルの名も無いカクテルを作っては
毎晩飲んでいた。

週末には、技師たち皆はサンチャゴ市内のヴィーナス・ホテルのバーにくりだし、
バーテンダーにそのカクテルを作らせて陽気にはしゃいでいた。
「いつものやつ。」と言えば通じるのだが1902年のある週末に、
このバーに集まっていた技師たちのあいだで「このカクテルに名前を付けようじゃないか!」
という話が持ち上がり、主任技師のジェニングス・コックスが
「ダイキリ鉱山で働いてんだから、『ダイキリ』でいいじゃない?」と発案し、
鶴の一声的にカクテルの名前が決まった。
(名前が付けられた年は諸説あり、1896年という説も有力。いずれにしてもその頃。)

バカルディもダイキリの一種で、甘味にはグレナデンシロップを使う。
ただし、「バカルディ」と呼べるのはバカルディ社のラムを使った場合のみ。
それ以外のラムを使ったものはピンク・ダイキリと呼ぶ。
いずれにしても、4分の3のスピリッツに対して、
ライムやレモンと甘味を加えるショートカクテルの最もシンプルなタイプであり、
このタイプはジンベースのギムレットが有名で、僕はこれをギムレットタイプと呼んでいる。
このタイプは他にもウォッカベースのウォッカギムレットやバーボンベースのニューヨークがメジャーだ。
サンチャゴという名のカクテルもあるが、こちらはダイキリやバカルディーよりもラムの比率がやや多い。
ダイキリでほろ酔いになったラム好きの人が次の段階で飲むのがサンチャゴ。

ダイキリ鉱山でハードワークをした後、サンチャゴの街で地酒のラムを一杯やるのが
アメリカ人技師たちの至福の時であった。
砂糖キビ由来のラムの甘い香りには心と体の疲れを癒す力があるのだ。
しかし、ラムベースのカクテルを愛した人々はダイキリ鉱山の技師たちばかりではなかった。
何人かの小説家もラム好きで有名である。
サヴォイ カクテルブックのダイキリのコメントには次の文が載っている。
以下引用
「ダイキリをのむ瞬間がやってきた。実に美味なる飲み物だ。私の満足度は、ますます高まった。
目の前のテーブルにあるのは、間違いなく危険なカクテルと言える。なぜなら、溶け残った砂糖が
わずかにこびりついた小さなガラスの器には、先のことなどどうでもよくなる力があるからだ。心
は責任感から解放され、過去も未来も消え去っていく。予期せぬ優越感が心を満たし、自分が知ら
れた人物だということも、つねに付きまとう不安も、つかの間忘れることができる。そう、それは
巧妙に作られた、酩酊を誘う(intoxicating)飲み物の危険な力だった。……『酩酊を誘う』とい
う言葉は、秩序と退屈を甘受する日々をおびやかす力を、じゅうぶんに表していたものだ。だが私
の考えでは、この言葉はモラリストたちによって、本来の恍惚を思わせるような含みは失われてい
るかもしれない……だが、ひんやりとしたダイキリと、ボタンホールに挿したオレンジの花の小枝
があれば、そんなことは何の意味もなさなくなってしまった」
 ジョゼフ・ハーゲスハイマーの「サン・クリストル・ド・ラ・ハバナ」の一節だ。カクテル、葉
巻、そして楽しい人生の過ごし方に関する見識にあふれている。
引用以上

グレアム・グリーンの小説「ハバナの男」に登場するとぼけたスパイ、ワーモルドは、毎日欠かさ
ず、午前中にダイキリを飲む。
アガサ・クリスティの「鏡は横にひび割れて」では、シャンパングラスにクラッシュド・アイスを
入れたアメリカスタイルの飲み方が披露されている。
ホワイトラムをダークラムに替えたゴールデンダイキリや、文豪ヘミングウェイがハバナにいた時
代に愛したシャーベット状のフローズンダイキリなど、バリエーションが多い
ヘミングウェイが愛飲したフローズン・ダイキリは、ラム酒をダブルにし、グレープフルーツジュ
ースを入れ、砂糖を抜いたもので、これをパパ・ダイキリと呼ぶ。彼はこれを毎日飲んだ。

ヘミングウェイの死後発見された遺作「海流のなかの島々」はフロリダ海峡からキューバをはじめと
した島々での出来事や恋愛、自然などが主人公であるトマス・ハドソンを通して語られる。
トマス・ハドソンは、キューバを愛し、釣り、海を愛したヘミングウェイその人である。実体験から
書かれたと思しき細かい描写は、読んでいる自分がその場に居るかのような錯覚を起こさせる。ヘ
ミングウェイの観察力や人の心を読む想像力、洞察力が余すところなく盛り込まれた作品である。
トマス・ハドソンはフローズン・ダイキリについて、「飲むほどに粉雪蹴散らしながら氷河をスキー
で滑降する心地」と評し、「6、7、8杯目には氷河をスキーで急降下する心地」といっている。
まさにフローズン・ダイキリにハマッたヘミングウェイならではの表現といえる。この作品にはさ
まざまなカクテルがいろいろなシーンに出てくる。カクテルを愛したヘミングウェイがカクテルを
通して彼の生きざまを描いているといっても過言ではない。しかし、ラムをダブルにして8杯も飲
むってことは、ボトル1本近くを毎日空けていたことになる。どう考えてもこりゃ飲み過ぎだね。
http://irukakissa.com/cocktail/detail.php?id=234


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